FC2ブログ
TOP > CATEGORY - 考察

ITやモバイル機器、iPhone、手帳や本など。
MENU

Q:続けるコツは?→A:辞めないことです

2019101100.png


情報管理LOGの@yoshinonです。
昨日で情報管理LOGの記事が、1500本目になりました。したがって、本日が1501本目の記事になります。毎日欠かさず更新し続けていれば、約4年で達成できる数字です。とはいえ、なかなか平坦ではないので、ここまで来るのに、約11年かかっています。
山あり谷ありの人生みたいな感じですが、11年も続けているコツのようなことについて書いていきたいと思います。参考になるかどうかは分かりませんが、きっと、何かの役に立つこともあるのでは無いかと思います。


  
【 Q:続けるコツは?→A:辞めないことです 】  

 1.一つのブログを11年続ける

 2.11年間の中の山と谷を分析する

 3.続けるコツは、辞めないこと…かな?







checkmark.png 1.一つのブログを11年続ける

情報管理LOGの一番最初の記事は、2008年10月2日でした。実は、それ以前も何個かブログを立ち上げては消したり、ということを繰り返していました。なので、情報管理LOG自体は、初めてのブログというわけではありません。どちらかと言えば、雑記ブログを運営していたものの、いつの間にか更新が滞り終了という流れが多かったように思います。

前のブログから1年か2年ぐらいブランクを空けた後に、この情報管理LOGを立ち上げました。1年以上ネットに書いていないと、ムクムクと「書きたい!」という意欲が高まってくるのを感じたからです。しかし、意欲だけでは、絶対に続かないし、今までのような雑記ブログは辞めて、あえてテーマを絞っていこうと、この情報管理LOGを立ち上げたのです。

このあたりの経緯は、1000本目の記事を書いたときに書きました。

1000本ノックのその先へ


1000本目が、2017年9月末だったので、約2年で500本分の記事を書いたことになります。その時からあまり変わっていませんが、仕事ではビックプロジェクトを完遂したり、ちょっとした出来事が起こったりと、色々あった割には、それほどペースを崩さずにできたものだと思っています。たぶん、11年前の自分だったら、難しかったかもしれません。でも、こんな年齢になっても、成長し続けるものなのだなと改めて考えています。

ちなみに、記念すべき1本目の記事は、これです。
embedlyの要約に全て収まってしまうぐらいに短い文章です。

情報に飲み込まれないように

でも、今とあんまり変わらないことを変わらないように書いているなと思いますね(アレ?成長という話は?)。



checkmark.png 2.11年間の中の山と谷を分析する

さて、というような話をダラダラと書くこともできますが、せっかく情報管理LOGなので、ちょっと分析的に自分のブログを見ていきたいと思います。

各月に何本ぐらい書いたのかというのは出ているので、それを集計して単にグラフ化したのが、こちらです。

2019101101.png


それを自分なりに分析してみました。分析したグラフがコレ。

2019101102.png


2008年10月に立ち上げてからは、一気に書きまくっていたのですが、2009年1月から急落します。実は、個人的なエピソードとして、我が家に子どもが生まれて、ブログどころじゃなくなってしまいました。また、PCに向かうよりも、家にいるときは子どもの顔を見ていたいというのもありました。まあ、このあたりは何を優先するかという人生の優先度かなと思います。さらに、2011年7月~2014年12月までのおよそ3半年間完全なブランクが空きます。この時期は、子育てに加え、仕事面でのビックプロジェクトが進行(数年に一度発生する)しており、練る時間も削って取り組んでいたためでした。

しかし、そのビックプロジェクトも2014年末には終了し、さらに子どもも小学生に上がって安定してきたため、一気に「書きたい!!」という強い欲求が高まってきました。それを爆発させたのが、2015年1月~でした。まさに一日も休まずに書くという感じで一気にそれまで抑えていた「書きたい欲求」を開放した感じでした。

2019101103.png


今回、ブログの記事数を俯瞰して見ると、いくつか発見がありました。

1.徐々にですが、記事数が減ってきている傾向が見られたこと。
2.8~9月に記事数の落ち込みが見られる傾向があること


です。

若干、減ってきている傾向が見られますが、それでもゼロにはならないだろうと思っています。今やブログを書くことは、ライフサイクルに完全に取り込まれているからです。あと、2011年あたりにあったビックプロジェクトが、実は今年もありました。しかし、ブログの更新頻度は落ちたものの更新停止することは結局ありませんでした。つまり、10年ぐらい前だったらできなかったことが、サイクル的にできるようになってきたということですね。これは、自分的には良い傾向だと思っています。

あと、謎なのが8月~9月に表れる更新頻度の落ち込みですね。特に例年全く気にしていなかったので、こうやてグラフ化すると見えた発見でした。年間のサイクル的に疲れが見えてくるということなのかな?いずれにしても、記録を可視化する効能ですね。




checkmark.png 3.続けるコツは、辞めないこと…かな?

たかだか11年ぐらい続いている(しかもその間、3年半もブランクあったし)ぐらいで、「コツを語ってやろう」などというおこがましい気持ちは1mmもありません。ただし、1500記事書いてこれたのは、以下の3つだろうなと思っています。

1.読者がいるという実感
2.誰かの役に立ちたい→回り巡って自分の役に立つ
3.辞めなかったから


1つ目は、これは日々特に大きな反応や反響がなくても、Googleアナリスティクスなどで「こんなに見に来てくれるんだ」という実感が得られているということです。少なくとも、ネットに解き放った文章が、誰の目にも触れず漂っているわけではないということを知れるだけで、次の文章を書く意欲につながっている気がします。

2つ目は、基本的に誰かの役に立てることが嬉しいというのがあります。「こうやったら解決したよ!」「こんな困ったことになったよ」という情報は、きっと(多くはないかもだけど)誰かの役に立つかもしれないと思いながら書いています。そして、そうやって人のために書いているつもりでいたら、いつの間にか自分のスキルが上がったり、情報処理速度が上がったり、人とつながりができたりと、振り返ると自分のためになっていると気づくことが増えてきました。とはいえ、自分のためだけのためだったら続かない気がします。

3つ目は、「そりゃ、そーだろうよ!」という激しい突っ込みが入りそうですが、ブログを辞めることは、いつでもできます。義務でも何でもないし。けれども、その決断をしなかったというのは、自分にとって大きかったなと(振り返ると)思います。3年半のブランクが空いたときは、「フェードアウトをすることもできるけど、でも書きたいな」というかすかな灯火みたいなものが内心にあったことがあったし、ビックプロジェクト前は、「こんなに忙しすぎるのに、なぜ続けようとする?」と自問したこともありました。しかし、辞めませんでした。今も続けていられるのは、すごく消極的な書き方になってしまいますが、辞めなかったから続いているのだなと思います。

その昔、ウゴウゴルーガという番組があったのですが、その中でタモリさんが紹介された回がありました。その時のタイトルが「続けるえらいひと」だったのです。内容もすごく良かったのですが、私はその「続けるえらいひと」というタイトルにガツンとやられました。そうか、辞めないで続けるというのは、それはそれで一つの価値になり得るのだということを、棒で頭を思いっきり殴られたような気持ちで観ていました。
そういうわけで、今も辞めないことを続けたいなと思っています。


ウゴウゴルーガおきらくごくらく15年!不完全復刻DVD-BOX(完全予約限定生産)
メディアファクトリー (2007-10-05)
売り上げランキング: 65,762





 eyeglass2.png 情報管理LOGの眼
 辞めないことを続ける

ちょっとネガティブな書き方っぽいですが、本人はいたってポジティブです。
世の中には、本人の意思とは無関係に、辞めざるを得なかったり、辞めさせられたりということもありますよね。ブログは、好きでやっていることですが、それでも晴れる日もあれば、雨が降る日もあるように、気持ちは一様ではありません。それでも続けているのは、辞めないからなんですよね。続けたいという意思だけでは続けられなかったような気もします。
今日も読んでくださりありがとうございます。
あなたが、読んでくれることが、少なくとも私の辞めない理由になっています。



すごいブロガーの人。

凡人の星になる: 月間10万PVの雑記ブロガーが「凡人」を武器にするまでの七転八倒
金風舎 (2019-03-29)
売り上げランキング: 80,365

タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?
戸部田誠 (てれびのスキマ)
イースト・プレス
売り上げランキング: 23,053


児童虐待について統計的な面から考えてみる

2019100500.png


情報管理LOGの@yoshinonです。
児童虐待に関する痛ましいニュースが流れてくると、本当に悲しい気持ちになります。どうしてこんなことが…と思うとともに、「未然に防ぐ手立てはなかったのか」という苦しい気持ちになるのです。とはいえ、感情的になって、どこかを責めても何の解決にもならないのも事実なんでですよね。
さて今回は、そんな児童虐待に関して、統計的な側面からファクトフルネスに考えてみたいと思います。意外にみなさんのイメージしていることと、事実は違っていたりするのです。


  
【 児童虐待について統計的な面から考えてみる 】  

 1.児童虐待は増えてきているのか?

 2.義父が虐待することが多いは本当か?

 3.児童相談所の実態はどうなのか?







checkmark.png 1.児童虐待は増えてきているのか?

まず、一つ目は、児童虐待は増えてきているのか?です。
これに答える前に、児童虐待の定義をしっかり把握しなくてはいけません。
これに関しては、厚生労働省の方で定義として、きちんと載せられています。

児童虐待の定義と現状|厚生労働省



以上の4つを指して、児童虐待としています。

では、実際に報告されている児童虐待は、どうなっているでしょう?
平成29年度のグラフですが、分かりやすいので載せておきます。

2019100501.png
引用:平成29年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数<速報値>

まさに、右肩上がりですね。
平成2年が、1101件であったのに対して、平成29年が、133,778件となんと約120倍になっています。120倍ですよ?
そりゃ、連日のようにニュースで騒がれるわけです。

…と思った方は、気をつけてください。
まずは、このグラフは、タイトルにあるように「児童相談所での児童虐待相談対応件数とその推移」データなのです。これは、あくまでも児童相談所に虐待の相談として持ち込まれ対応した件数なのです。したがって、このグラフを見て、早急に

ほら、やっぱり児童虐待増えているじゃない!

と息巻いてはいけません。
平成2年から平成29年までの27年間の間に、親の意識が劇的に悪化し、児童虐待に至る人が増えたなどというのは、あまりありえない話です。むしろ、今まで可視化されていなかった虐待行為が、きちんと定義され、「これは、虐待なのではないか?」と報告される割合が増えたとみるべきです。

もちろん、このデータだけでは、児童虐待が増えているとも、減っているとも言い難いです。

この「認知された件数」=「虐待件数」が成り立たないかもしれないというのは、いじめの件数のデータを見ると、非常にわかりやすいです。

2019100502.png



急激にいじめの件数が、爆上がりしていますよね?
今の子たちは、そんな厳しい環境にいる!?と早合点してはいけません。これも、文部科学省が、いじめの定義を見直し(参照:いじめの定義の見直し)、学校の対して積極的にいじめを認知しなくてはいけないというお達しがあったから(参照:いじめ防止対策推進法平成28年3月18日いじめの正確な認知に向けた教職員間での共通理解の形成及び新年度に向けた取組について(通知))、このように突如として、数値が上がっているのです(しかも、調査方法も変わっている)。少し自分が、学生だった頃を振り返ってみたら理解できませんか?いじめありましたよね?実件数と認知件数は、必ずしもイコールではないのです。

それでは、別のデータをあたってみましょう。
これは、子どもが殺された件数のデータです。これは、もちろん虐待死も含まれた件数です。


引用:幼児他殺被害者数統計


虐待自体は、それを認知しなくてはカウントされないという状況を考えた場合、先程の言ったように、単に認知件数が上がったという可能性を否定できません。
しかし、親族殺しは、さすがに隠し通すことは難しく、認知云々は通用しない世界です。これを見ると、明かに昭和初期の方が、圧倒的と言って良いぐらいに幼児殺しをしていたことが分かります。


※引用:日本における他殺による死亡の歴史的状況


でも、出生数が下がっているので、それと共に殺害数が減ったのでは?という疑問が残るので、出生数に対する殺害率もどうぞ。

2019100504.png
2019100505.png




私たちは、ついつい報道の悪い側面だけを強調して受け取りがちですが、実際は虐待の認知件数が上がり、さらに被害者数は確実に減っているということが分かります。




checkmark.png 2.義父が虐待することが多いは本当か?

児童虐待は再婚した家庭の血のつながらない父親がやりがちであるという思い込みはないでしょうか?
血の繋がらない父親は、動物的な本能によって、子どもを虐待や死にいたらしめるという想像がはたらく人は、意外に多いのではないでしょうか?
確かに世間を最近騒がせたこの事件は、まさにそういう事件でした。

男児遺体遺棄事件 逮捕の父親「本当の親じゃないと言われた」 | NHKニュース


これも、そうですね。

虐待死女児「骨と皮しか」=救命措置の消防隊員証言-東京地裁:時事ドットコム


やはり、血の繋がらない父親は、子どもを虐待しがちなのでしょうか?

これも、データを見てみると一目瞭然です。
こちらのグラフは、誰が児童虐待をしているかを表したものです。


元データ:第2節 犯罪や虐待による被害|平成27年版子供・若者白書(全体版) - 内閣府

これは、平成24年度とやや古いデータですが、圧倒的に母親による虐待が多いことが分かりますね。逆に義父による虐待は、実母による虐待の約1/10程度なのです。



checkmark.png 3.児童相談所の実態はどうなのか?

では、児童相談所の実態はどうなっているのか?について検証してみたいと思います。
よく児童虐待のニュースが出ると、決まって「児相は、仕事してたのか?」という論調が高まったりするのですが、果たしてそれは 正しい態度なのか?について考えていきます。

これは、全国の児童相談所の職員数の推移です。


引用:児童相談所関係資料

これと、先程の児童相談所に持ち込まれる相談件数を比較すると、児童相談所の一人当たりに担当しなければならない相談件数が分かるわけです。簡単な分析としては、相談件数を職員数で割れば、おおよその一人あたりの抱えている件数が分かります。






まさに右肩上がりで天井知らずな感じで、担当件数が増えていますね。
これは、全国の統計データを雑に扱ったモノなので、例えばこのデータのように相談件数が多い都道府県毎にやっていったら、大変なところはより大変であるという状況が浮かび上がってきそうです。少なくとも現在では、さらに対応件数に対する人員の乖離がさらに進んでいるので、一人当たりの負担がさらに上がっていると考えられます。

そう考えると、これは児童相談所の問題というよりも、行政側の問題と考えても良いかもしれません。相談件数に対する適切な人員配置がなされていないということが明かになっているのですから。



eyeglass2.png 情報管理LOGの眼
 ファクトフルネスに考えよう

情報管理LOGでは、時々こういうデータとにらめっこして、考えるシリーズをやっています。意外と思い込みでニュースを観ていたりすることって多いので、こうやって実態を知ると、「アレ?」と思いますよね。
というわけで、まとめとしては

・児童虐待自体は、減ってきている可能性が高い
・しかし、児童虐待の児童相談所への相談件数は、爆上がりしている
・児童相談所の職員の数に対して、相談件数が増えてきている
・児童虐待は、母親による虐待が多く、義父による虐待は多くはない(無いわけではない)


もしも、児童虐待関係でデマを流している人がいたら、こちらを引用してみてください。

FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣
ハンス・ロスリング オーラ・ロスリング アンナ・ロスリング・ロンランド
日経BP
売り上げランキング: 44

児童虐待―現場からの提言 (岩波新書)
川崎 二三彦
岩波書店
売り上げランキング: 93,628


バンドワゴン効果の凄さと恐ろしさ

2019052100.png


情報管理LOGの@yoshinonです。
今日は、認知バイアスの一つである「バンドワゴン効果」について考えていきたいと思います。これは、「私は、そんなバイアスに影響はされない!」と根拠無く自信を持っている人も含めて、誰しも陥る思考の罠なので、ぜひとも知っておくと、良いかと思います。
自戒の意味も込めて、記事を書いていきたいと思います。


  
【 バンドワゴン効果の凄さと恐ろしさ 】  

 1.「バンドワゴン効果」とは何か?

 2.現象を観察してみる

  3.「バンドワゴン効果」を観察する







checkmark.png 1.「バンドワゴン効果」とは何か?

まず、「バンドワゴン効果」とは何かということですが、Wikipediaがとても分かりやすくまとまっているので、そこから引用してみます。

バンドワゴン効果(バンドワゴンこうか、英: bandwagon effect)とは、ある選択肢を多数が選択している現象が、その選択肢を選択する者を更に増大させる効果。「バンドワゴン」とは行列先頭に居る楽隊車[1]であり「バンドワゴンに乗る」とは時流に乗る・多勢に与する・勝ち馬に乗る[2]という意味である。経済学・政治学・社会学などで遣われる。対義表現は「アンダードッグ効果」[3]。 バンドワゴン効果は「バンドワゴンの誤謬」(衆人に訴える論証)が成功したときに発生する効果である。

バンドワゴン効果 - Wikipedia


ものすごーく、大ざっぱな言い方をすると

勝ち馬に乗る

ということです。分かりやすいでしょ?

これは、認知バイアスの一つで、人が陥りやすい思考の罠のようなものです。認知バイアスに関しては、こちらで記事にしましたので、併せてお読みください。「バイアスって何?」という方も読むと分かると思います。

バイアスの種類について


ここで、いくつか思考実験をしてみたいと思います。

<Q1>
あなたは、ある学校のクラスにいます。今は、ホームルームをしています。ある企画を立てる算段をしているのですが、A君が言った意見に対して、B君、Cさんが「いいね!」と意見を述べました。B君、Cさんの意見に対して、他に5人ぐらいの人達が、相乗りする形で「お、それいいかも」と言いました。
A君の意見自体は微妙だったのですが、クラス全体的には他に意見も出ませんでした。最後に「A君の意見で良いですか?」と確認のための挙手を求められました。クラスのほとんどの人達が、手を上げたとき、あなたは手を上げずにいられますか?


<Q2>
あなたは、2つのWeb記事を読んでいます。どちらも両方面白く読みました。
しかし、片方ははてブ(はてなブックマーク)が、900以上ついた記事で、片方はまだ一つもはてブがついていない記事でした。さて、あなたがはてブをつける際、どちらの方が心理的障壁が少ないですか?


<Q3>
映画館に行きました。特に何を見るか決めていかずに行ったのですが、片方の映画は長い列が。片方の映画は、一人も並んでいませんでした。あなたは、どちらに並びますか?



どちらを選択すれば正解というものではありません。
しかし、どちらが選ばれやすいか?というのは、自ずと分かりますよね。「私は、天の邪鬼だから、あえて逆張りをするようにしているんだ。」というのも、実はバンドワゴン効果の裏返しに過ぎません。
そして、多くの人にとって、自分の意思は置いておいて、多数の人が支持するものを指示してしまいがちであるという点に注目して欲しいと思うのです。むしろ、自分の好みや意思とは関係なく、それを選んでしまいがちになってしまうというのが、「バンドワゴン効果」の怖いところなのです。




checkmark.png 2.現象を観察してみる

さて、では実際に実事例を見ていきましょう。
最近、(といっても1ヶ月ぐらい前ですが)非常に面白い事例を見つけたので、それを見ましょう。

世界はだんだんよくなっている
世界はだんだんよくなっている




世界はだんだんよくなっている
世界はだんだんよくなっている




ほぼ同数ぐらいのはてブがついているのが分かるかと思います。
実は、上の記事は、下の記事の再投稿バージョンなのです。全く同じ文面を上は、2019年4月14日に。そして、下の記事は、2010年1月14日に投稿されているのです。およそ9年のブランクを空けての再投稿ですね。

さて、ここで注目していただきたいのは、そのはてブのコメントです(通称:ブコメ)。全く同じ文面を記事であるにも関わらず、そのコメントの方向性が似てはいるものの、ほぼ真逆の方向性で笑ってしまいます。

2010年verトップコメ
”単に事実を並べただけのこのエントリに批判が多いのが面白い。みんな悲観するのが大好きなんだろうな。だからこそマスコミもそれに応えて悲観的な意見を述べるのだろう。”☆25

”ああ、まったくそうだね。恵まれてる。なのに、どうしてこんなに「私は不幸だ」と思ってる人が多いんだろうね。モノと自由はこんなに溢れているのに、どうして幸せを享受できないと感じる人が多いんだろうね。”☆19

”世の中が良くなってもいちばんダメなわたしはのこるの!”☆11

”世界がよくなってる分、俺みたいな能なしが日本人であるという理由だけで得られるものは、もうすぐ失われる。路上に投げ出される前に、文明や文化に少しでも触れてやろうとは思う。”☆11

”悲観主義者を含む多くの人間の闘争の成果の上澄みを啜りながら我が物顔で世界は良くなってるとか言う極めて恵まれた階級のクズ。今すぐ死ね。”☆10

””




2019年verトップコメ
”『ファクトフルネス』に、「世界は良くなってる」と「世界は悪い」は両立すると書いてある。世界はまちがいなく過去より良くなってる、そして未来よりも今のほうがまちがいなく悪い。”☆314

”あれ。これ増田で読んだぞ……と思ったら9年前のやつの再投稿。9年って……”☆123

”文明の恩恵を享受する時、その先に自分がその世界を持続可能にする為に何を生み出しているか、または何を生み出していないかを考えると、己の不甲斐なさに身悶えするよね。”☆79

”人類が営々と積み上げてきたものを一つ一つ数えてみよう、All or Nothing的な極論が一番問題解決から遠い、という真っ当な主張。”☆66

”9年前に書かれたのに今読んでも通用するように思うし、何年かしたらまた読み直したい。”☆63




そもそものスターの数自体規模が違いすぎるので、比較にならないじゃないという批判は甘んじてお受けいたします。
しかし、ブックマーク数自体は、大きくは変わりません。

ここではてブスターの構造に目を向けると、複数のスターがついたものが、「人気のコメント」というのに表示されます。そうすると何が起こるのかというと、人気のコメントに表示されたものほど、スターがつきやすくなるなるのです。そして、多くのスターが着いたものほど、上に表示されやすくなるので、さらにスターがつくというスパイラルが起こります。上の2つの記事についているはてブのコメントを丹念に読んでいくと、同じようなコメントも散見されます。しかし、人気のコメントに挙がらない限りは、多くのスターは獲得されず、同じような趣旨で片方の年代では、多くスターがついていたようなコメントであっても、もう片方の年代のコメントでは一つもついていないということが起こります。

ここから読み取れるのは、

早い時期に人気のコメントになった方のコメントにスターが集まる

ということです。その内容が、例え真逆の方向性であったとしても。



さらに、他の事例も見ていきましょう。事例だけは、ゴロゴロと転がっているので、事欠かないのです。

Pythonによる自動化の結果、ニューヨーク中でタダメシが食えるようになったエンジニアの話

この記事では、ニューヨークでエンジニアをしている人が、Instagramに投稿されるニューヨークの写真を機械学習によって、ウケる写真とコメント、そしハッシュタグを自動化して投稿することによって人気のインスタグラマーになったそうです。
※人の写真を使うことの是非はおいておいてね。

コメント欄はいつも同じような当たり障りのない事を、しかも何度も繰り返しているだけなのですが、多数のアカウントをフォローしている人は読んでないか、気にもしていないのかもしれません。「みんなが見てるよ。みんながイイネしてるよ」という状態が、さらに多くのイイネを呼び、それをプラットフォームが推薦することでさらに成長のスパイラルが加速していく、といったところでしょうか。

Pythonによる自動化の結果、ニューヨーク中でタダメシが食えるようになったエンジニアの話 | 秋元@サイボウズラボ・プログラマー・ブログ


みんなが、「イイネ」って言ってるから、私も「イイネ」ボタンを押す

ということなんですよね。
もはや、判断の主体性とはどこにあるのだろう?と思わずにはいられないのですが、では自分はそういうことを一切やっていないのかと言われたら、やっていないとは言えないのです。


さらに、もう一つ。

「箕輪本」という不毛の荒野
「箕輪本」という不毛の荒野




ここ数日、幻冬舎と津原泰水氏のニュースが、ここ最近賑わっているわけですが、そのニュースつながりということで。

その幻冬舎の社長の本で「読書という荒野」という本に付いていたレビューです。なぜか、消えていましたが…(なぜ??)。あえて本へのリンクは、貼りません。
そういうわけで、WebArchivesに残されていましたので、そこから引用します。

ここで語られているのは、要するにAmazonのカスタマーレビューを利用したベストセラー化するために行われているであろうことについて書いています。
信者に星5つの評価を短期間に大量につけてもらうと、売り上げランキングに反映されます。
さらに、SNSなどで拡散すると、それが話題作のように映るので、さらに売れる。
売れると、書店での扱いが大きくなるので、さらに売れるというスパイラルに入るという流れなのだそうです。

確かに最近、本屋さんに行くと「この本、そんなに良いかな?」という本が、アホみたいに大プッシュされ、平積みになっているのを見てうんざりということが多いので、あながち憶測とも言えません。

出版社も一種のスキームとして活用しているのでしょう。

みんなが、良いねと言ったから、私も「イイネ」と言ってみる

という実に不毛の荒野そのものですね。
この最初に星5つのレビューを書きまくるというのが、バンドワゴン効果を狙ったものだとしたら、人のバイアスを利用した姑息な手法だなと言えますよね。




checkmark.png 3.3.「バンドワゴン効果」を観察する

さて、バンドワゴン効果の実例について書いてきましたが、みなさんはこれから逃れるのは、かなり至難の技だなと思ったのではないかと思います。

なので、どうしてそのようなことが生じるのか、じっくりと観察してみたいと思います。
なぜ、人間の特性として勝ち馬に載りたがるのか?

AとBという選択肢があります。Aはたくさんの人が選択しており、逆にBは誰も選択していません。自分としては、AもBも同じぐらいに見える選択肢です。

2019052101.png



この時に生じる葛藤の中身は、

Aは、多くの人に選択されているのだから正しいに違いない

Bは、誰も選んでないのだから何らかのデメリットが存在するのかもしれない


と暗に思ってしまいます。
そして、万が一、Bを選んだ場合、その選択が間違いだったということが起これば、「やはり、多くが支持している方が、より正しい可能性が高い」という学習を積むことになります。

しかし、このバンドワゴン効果の問題点は、初期の段階の挙動だけが勝敗を喫する要因であり、もしもBの初期段階で同じように人が選択をしたら、今度はBが多くの人に選択されるということになるのですよね。

ここで、見るべきポイントは、実は選択肢を選んだ人達ではなく、「まだ選んでいない人」なのです。

集団X内にある選択肢AとBを見た場合、集団X規模に対して選ばれている選択肢Aの規模は、実はそれほど多くないことが分かります。つまり、一見その選択肢A・Bという限られた範囲の中では、Aの優位性があるように見えたとしても、集団X内においては、実は大きな違いと言える差ではないのです。

2019052102.png



ただし、集団X内において、初期状態がそうであったとしても、次第に差が大きくなってくると、別の集団心理が発生し、さらに差が開くということもあるということも付け加えておきます。

2019052103.png



集団心理的に大勢が喫した状態というのは、非常に抗いがたい状態になっており、そうなると選択肢Bの劣勢を覆すのは、極端に難しくなります。
こうなった場合は、別の心理的手法を使わないと難しいのですが、初期状態であるならば、選択肢AとBを選択している者と切り離して検討するということは、それほど難しくはありません。

2019052104.png



また、バンドワゴン効果を見極める手法として、どういう経過を辿っているか?を見ることです。特にAmazonのレビューなどは、初期レビュアーを見ることができます。あまりにも初期レビュアーが、一気に☆5つをつけ、さらに異様に高評価をつけているならば、サクラレビュアーの可能性が高いとみるべきです。

バンドワゴン効果が、特に初期状態において起こりやすく、大勢がつけばさらに加速するということを知っていると、見極めがつきやすいのではないでしょうか?「流行」と呼ばれる現象の初期状態もコレに近いと考えられます。

整理すると

・選択肢A・Bを選択している人をみるのではなく、その選択肢を選ぼうとしている、まだ選択していない集団Xを見る
・選択者の増加経緯を見る
・選択肢そのものを観察する


となるかな?と思います。
肝に銘じたいのは、

大多数が支持しているからといって必ずしも正しい選択とは限らない

ということですね。





 eyeglass2.png 情報管理LOGの眼
 集団心理は抗いがたいですよね

私たちは、常に集団心理に晒されています。仕事仲間とお昼ご飯を食べるときの選択肢ですら、そういう集団心理によって動かされているのです。まあ、お昼ご飯ごときは、どうでも良いですが、大切な選択をする場合は、そういう心理的な影響を受けていないか?ということについて自覚的になる必要があります。少なくとも知らず知らずに勝ち馬に乗る状態は、避けたいですね。そういう態度が、無自覚な加害者になる可能性を高めてしまうので。


ヒッキーヒッキーシェイク (ハヤカワ文庫JA)
津原 泰水
早川書房
売り上げランキング: 34

11 eleven (河出文庫)
河出書房新社 (2015-08-21)
紙の本の価格: ¥ 691
Kindle 価格: ¥ 640
¥ 51の割引 (7%)


小中学生が音楽を買わなくなっている構造について

2019041300.png


情報管理LOGの@yoshinonです。
まず、この記事を書くにあたって最初に書いておきますが、観測範囲狭いです。
自分の家の子どもやそのお友達、親戚のお子さんやその周りの子という範囲です。なので、これが現在の日本の子どもの現状だ!と言い切るつもりは、一つもありません(こう書かないと面倒だからね)。
とはいえ、若年層に音楽が売れなくなってきているという話は、そこかしこでも聞かれる話なので、そうそうズレた話ではないかと思います。そういうわけで、どうして子どもたちは、音楽を買わなくなってきているのか?そしてそれはどういうことなのか?ということについて書いていきます。


  
【 小中学生が音楽を買わなくなっている構造について 】  

 1.若年層に音楽が売れない…らしい

 2.どのように音楽を聴いているのか

 3.若年層が音楽を購入するには






checkmark.png 1.若年層に音楽が売れない…らしい

昨今、良く聞かれるのが、

「若者の音楽離れ」

というやつです。
もうね。「若者の○○離れ」って表現聞き飽きたわ!
メディアでこういう記事を見たら、最近は鼻で笑うようにしています。

さて、実際に音楽が売れなくなってきているというのは、本当でしょうか?まずは、一次情報に当たってみましょう。


データ引用:一般社団法人 日本レコード協会

綺麗な左下がりなグラフが表れました。

このグラフ自体は、CD(アルバム、シングル)やアナログメディアにおける売り上げです。

でも、ダウンロード自体は上がってきているのでは?ということで、ストリーミングも併せての状況を見てみると、こんな感じ。




ダウンロードすら2009年の半分ほどになってきています。
それに対して、ストリーミングは、一気にこの数年で数字を伸ばしてきており、全体で見るとV字回復みたいに見えます。

では、若年層(小中高生)では、どうなっているのかというと、全体から見るとまだ購入している方なんですよね。




誰?若者が音楽買わないとか言った人?
買っていないのは、(比較的お金のある)中高年層だからね。むしろ、一番音楽にお金を使っているのは、若者の割合が高いという事実。

とはいえ、この10年で見てみると、やはり下がってきているのは確かですね。




checkmark.png 2.どのように音楽を聴いているのか

さて、ここからは私の狭い観測範囲からの情報です。

1.音楽を聴く方法
まず、小中学生に圧倒的に支持されているのは、YouTubeです。ニコニコ動画に関しては、ボカロ系が若干強いかな?ぐらいな感じですね。その当のボカロ系の方々も大挙してYouTubeに移動してきているので、もはやニコ動を観る意義が低下しているというのが、彼らの共通した見解のようです。ニコ動は、オワコンとか言われていますが、実感としてそうなのかも。

それにしても、CDで聴いているというのが、ものすごく少ないというか、私の観測範囲では少数派になっています。

自宅にCDデッキがない、自分専用のCD再生装置がないという家も増加しているようなので、なるほどさもありなんという感じではあります。





2.CDの購入
では、全くCDを購入していないかというと、そうでもなく、前述のデータのように10代は、CDを購入するメイン層といえる状況ではあるようです。
で、CDの購入についてですが、男子より女子の方が、圧倒的に購入している子が多いように思えます。女子は、

・ジャニーズの初回特典CD
・好きなアーティストのCD
・ボカロ、歌い手系のCD


を購入していて、それぞれの購入区分毎の棲み分けが上手くされているように思えます。
それに対して、男子は残念ながら音楽に対する興味関心が、女子よりも総じて低い感じです。(皆さんの観測範囲ではどうですか?ぜひ、聞かせてください)

イメージとしては、男子の方が現物にこだわるように思えますが、実際は、女子の方が特典などが付く現物にこだわる傾向が高そうに見えます。

ちょっと古い資料ですが、お金の使い道の違いについてのデータです。


出典:第1回子ども生活実態基本調査(2005年)ベネッセ教育研究開発センター

そもそも、小学生にいたっては、CDなどに費やすお金は、ものすごく少ないことが分かります。さすがに、中高生になると増えますが、それでも多いとは言えませんよね。

さらに、小中学生では、お小遣い自体もらっていないという層もなんと5割を超えていたりします。

2019041301.png
「小中学生のおこづかいに関する意識調査」 結果 - 株式会社バンダイ


そう考えると、そもそもお小遣い自体ない状況で音楽を楽しむというような環境もあまりないということを考えると、音楽を聴かない若者が増えているという状況とも合致するなと思えます。

そんな中でも音楽を聴きたいと思うならば、YouTubeにというのは、何となく必然な流れがしてきますよね。
さらに、彼らが言うには、「YouTube観ていると、オススメが神がかっている!」というのです。

確かに自分のYouTubeも、オススメされているのを観ると、「そう来たか!」と思えるような、レコメンドされていることも多いので、彼らの気持ちも分からないではないのですよね。そうやって、彼らの音楽世界を広げるのに役立っているとしたら悪いことではないのかもしれません。




checkmark.png 3.若年層が音楽を購入するには

昨年の暮れ頃の記事ですが、子どもに音楽を聴かせたいけど、意外に大変だという記事が上がっていました。

小学生の息子に贈る音楽プレーヤーどうする!? 案外高い"サブスクの壁"【小寺信良の週刊 Electric Zooma!】

最近だったら、SpotifyやAppleMusicやAmazon Prime Music、Google Play Musicなどサブスクリプションが、メインストリームになってきていますが、家族共用アカウントならばできるけど、個人専用のというのは、敷居が高く現実的ではないというような内容の記事でした。

前述のように基本的に本当に好きなアーティストとかではない限りは、YouTubeでOKみたいな感じになってきているので、音楽は基本無料で聴くものという感覚が強くなっているのは確かです(昔は、FMとかだったけどね)。


さらには、違法アプリの存在もあります。

MusicFMを使っている高校生が大人になっていく。|あおいで|note


このMusicFMというのは、無料で音楽が聴けるというのをウリにしているアプリです。こういう系のアプリは、ちょっと探せば山のように見つかります。上の高校生のように、仲間に働きかけをしても焼け石に水であり、そもそも働きかける層としては、ズレているのかもしれません(無駄とは言わないけどね)。

嘆いても仕方が無いので、ここからは、提案です。

1.ゲーム機にストリーミングサービスを提供する
例えば、任天堂あたりが、Switchとか向けにストリーミングサービスを割と安い金額で提供するというのは、どうでしょう?音楽を聴くための再生機器を新規購入する必要も無く、既存のゲームなどを販売するようなノリで売るのです。アニメと同じようなノリで、ゲームとのタイアップ曲がすぐに買えるというのは、中高生にとってはグッとくる気がします。
Nintendo Switch 本体 (ニンテンドースイッチ) 【Joy-Con (L) ネオンブルー/ (R) ネオンレッド】



2.完全に個別化できるファミリーアカウント
ファミリーアカウントの扱いに関しては、各社それぞれなので一概には言えませんが、ストリーミングサービスで若年層専用で親に何を聴いているのか知られない、プライバシーに配慮した格安サービスの展開です。
保護者としては、音楽でつべこべ言わないので、そういう追加サービスがあればいいですね。



3.ストリーミングサービス付き音楽プレイヤー
音楽プレイヤー自体にサブスクリプションが組み込まれており、最初払った機器代に含まれる形で、3年間聴き放題みたいな売り方をするのはどうでしょうか?
前述の子どもに音楽を聴かせたいけど、良い方法がないという方の不満にも合致すると思われます。3年間なのは、中学校で1台。高校で1台みたいな売り方ができるかな?と思ったからです。




 eyeglass2.png 情報管理LOGの眼
 まだまだ逆転のチャンスはある

私自身は、一度音楽のサブスクリプションを契約していて、辞めたという経緯があります。

サブスクリプションとその外側で~私がサブスクリプションを辞めた理由

音楽にきちんとお金を払う価値があると思っているので、最終的には別にサブスクリプションが悪いわけでも何でもなく、単にどのように音楽と向き合うのかというスタンスの違いに過ぎなかったということでした。

しかし、若年層はそうではありません。
これから、どのように音楽と向き合うのか(向き合わないのか)という個人的なスタンスを確立していく時期だと思うのですよね。その時に「無料が当たり前」というのが、前提になっているのは、どうかな?と思うのです。だからこそ、しっかりと考える必要があるなと思うのです。

上で提案を3つほどしましたが、日本発のサービスが世界を席巻することも、まだまだ可能だと思っています。ぜひとも、音楽産業に携わる皆さん、ご検討を!




電子書籍の所有と閲覧について考えてみた

2019040400.png



情報管理LOGの@yoshinonです。
eBooksJapanが、Yahoo!に統合されたというのは、ニュースでは知っていたのですが、あまり重要視していませんでした。しかし、久しぶりにeBooksJapanのリーダーアプリを開いてみたら、大変な事になっていました…。そりゃ、荒れるワケよね。
というわけで今回は、電子書籍における所有と閲覧について、真剣に考えてみました。


  
【 電子書籍の所有と閲覧について考えてみた 】  

 1.電子書籍には、所有権はない

 2.eBooksJapan騒動から見えてくること

 3.電子書籍に対する提言







checkmark.png 1.電子書籍には、所有権はない

たぶん、多くの人にそろそろ知られていることだと思いますが、ほとんどの電子書籍サービスでは、電子書籍の所有権を認めてはいません。どういうことかというと、基本的に電子書籍は、閲覧する権利(ライセンス)を購入していると見なしているのです。

例えば、電子書籍最大手であるKindleは、このように規約で明記しています。

Kindleコンテンツの使用。Kindleコンテンツのダウンロード又はアクセスおよび当該料金(適用される税金を含む)の支払いが完了すると、当該コンテンツプロバイダーからお客様に対して、Kindleアプリケーションまたはその他本サービスの一部として許可される形で、Kindleストアより指定された台数の対象デバイス上でのみ、お客様個人の非営利の使用のみのために、該当のKindleコンテンツを回数の制限なく閲覧、使用、および表示する非独占的な使用権が付与されます(定額購読コンテンツの場合は、お客様が定額購読プログラムの有効な会員である限り。)。Kindleコンテンツは、コンテンツプロバイダーからお客様にライセンスが提供されるものであり、販売されるものではありません。

Amazon.co.jp ヘルプ: AMAZON KINDLEストア利用規約



hontoでは、このように明記してます。

1.DNPは、本サイトにおいて注文の手続が完了した電子書籍について、会員がその電子書籍の閲覧用端末として登録した端末(以下「登録端末」といいます。)で電子書籍を使用することのできる権利を会員に付与します。会員は、注文の手続きが完了した電子書籍について、本規約、ヘルプ及び注文した電子書籍の説明画面に記載する条件に従って、その配信を受け、使用することができます。

サービス利用規約



Book☆Walkerでは、このように規約に書かれています。

”第8条【権利の許諾と制限】
1.「利用者は、本サービスを利用するにあたり、本規約及び利用条件等(以下、総称して「本規約等」といいます。)を誠実に遵守するものとします。
2.利用者は、本規約等にかかるいかなる権利も、第三者と共有、あるいは第三者に譲渡、貸与、質入等を行わないものとします。
3.本サービス、本サービスで提供されるコンテンツ等、および本プラットフォーム上の文書、写真、イラスト、動画その他表示される内容に関する知的財産権等を含む一切の権利は、当社または権利を有する第三者に帰属します。
※太字、色は、筆者。


というわけで、一部の例外を除き、他の電子書籍販売サイトも同様の規約を設けており、基本的には、所有という概念がないと考えた方が良いです。コンテンツプラットフォーマーが、圧倒的に有利な状況であるとも言えますね。




checkmark.png 2.eBooksJapan騒動から見えてくること

さて、一時期かなり電子書籍販売サイトが、盛り上がっていましたが、この数年は大手に吸収合併されることもチラホラ見られ、少しずつ収斂しつつある状況が見えてきています。つい最近でいうならば、eBooksJapan騒動が記憶に新しいですね。

というか、私自身もeBooksJapanも利用していたので、「えっ」となりました。

ヤフーの電子書籍が新「ebookjapan」に一本化。Yahoo! ブックストア終了

こちらの記事では、Yahoo!ブックスが、eBooksJapanに統合みたいなニュアンスですが、実際上は逆に近い感じですね。そのため、ユーザーから不満爆発なご意見が殺到という状況でした。

ebookjapanがヤフーのサービスに強制移行となり、あまりの使い勝手の悪さに不満を爆発させる方々


eBooksJapanは、他の電子書籍サービスと比較しても、本棚をかなり意識した作りになっており、それがコアユーザーにとっては、他のサービスとの差別点になっていました。しかし、新eBooksJapanのアプリでは、その良さがほとんど失われてしまったことにユーザ達は、怒っているという構図が見られます。
そして、eBooksJapanからのお返事。





基本的にサイト上で読むだけの電子書籍サービスではなく、アプリ上で読むタイプのサービスは、今後もこのような問題が勃発するのは、避けられそうにありません。




checkmark.png 3.電子書籍に対する提言

さて、ここで問題点を整理してみると、このようになるかと思います。現状としては、各電子書籍サービスが、それぞれに電子書籍を販売(閲覧する権利をね)し、それを各電子書籍サービスが提供する閲覧アプリで閲覧するしか方法がありません。

2019040401.png



つまり、

各電子書籍サービス=閲覧アプリ提供者

となっているわけです。

そこで、情報管理LOGでは、以下のように提言したいと思います。

私たちが、紙の本を買うときには、同じコンテンツが並んでいる様々な本屋さんで買い、それを閲覧しています。それをザックリと整理したのが、コレです(中継ぎ入っていないとか言わない)。

2019040402.png



どこの本屋さんで買ってきたとしても、同じ本であれば、基本的に同じ読み心地が得られますよね?(本屋さんに対する思い入れとかは、置いておいてね)

ところが、前述のeBooksJapan問題が、生じてしまうというのは、

電子書籍サービス=閲覧アプリ

である点が、問題なのです。

私は、以前、電子書籍サービスに関して、「各社横断的な統一的な本棚を」という提言をしました。

電子書籍の不満と解決への提言



これは、どの電子書籍サービスで購入しても、1つの本棚で管理できれば便利だよね?という提言でした。閲覧するときは、その共通本棚で本を開くと、自動的に関連付けられた電子書籍サービスの閲覧アプリが起動するという考えでした。割と現実的な落としどころだと思っていたのですが、どうでしょうか?


さて、ここから、今回の提言なのですが、シンプルに1つだけです。

コンテンツ提供者と閲覧アプリの分離案です。

現状としては、出版社と電子書籍サービスは、完全にイコールではなく、むしろ関係なくコンテンツを提供し合っていますよね。ところが、電子書籍サービスと閲覧アプリは、堅く結びついており、それがユーザーサイドに不必要なストレスをもたらしています。

「旧eBooksJapanのアプリ使い勝手良かった」
というのと
「Kindleのアプリ使いにくい」
というのは、同じ問題点を抱えているわけです。

あまりにも電子書籍サービスと閲覧アプリとの結びつきが強すぎるというのが、問題の根底にあるわけです。
したがって、このようにしてみたら、どうでしょうか?

2019040403.png



Aという電子書籍サービスで購入した電子書籍を、ロやハという閲覧アプリでも閲覧できるようにすれば良いのです。もちろん、完全なサードパーティーにも門戸を開くわけです。電子書籍閲覧アプリ専門業者が出てきても問題ないわけです。

あまりにもユーザーよりもコンテンツプラットフォーマーに強力な権限を持たせ過ぎな状況を緩和する策としては、悪くないと思うのですよね。まずは、EUあたりでやってくれないかな?日本だって、ダウンロード違法化とか馬鹿なことを考えてないで、ユーザーサイドに立ってやってほしいものです。




 eyeglass2.png 情報管理LOGの眼
 ユーザーに不利な独占状態の緩和

前述のようなeBooksJapanのYahoo!ブックスとの統合など、ユーザーが望む望まぬに関わらず、強制的に使い勝手そのものが変わってしまうというのは、不合理だなと思うのですよね。ユーザーとしては、「何を購入したか?」が大事であって、「どこで購入したか?」は、重要ではないのですよね。もしも、それが「どこで」が、重要すぎるような状態というのは、ユーザーに不利な独占的な状況を認めていることになります。
ブラウザ戦争における、OSとの分離なども、そういう経緯でしたよね。だからこそ、今日本としては、そのあたりを世界に先駆けてやってほしいなと思うのです。


欧州GDPR全解明 (日経BPムック)

日経BP社 (2018-05-09)
紙の本:: ¥ 2,592
Kindle 価格: ¥ 1,296


この世界の片隅に
この世界の片隅に
posted with amazlet at 19.04.03
(2017-05-10)
売り上げランキング: 10,448

このカテゴリーに該当する記事はありません。
SEO
loading
情報管理LOG