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サブスクリプションとその外側で~私がサブスクリプションを辞めた理由

2018年12月12日
考察 0
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情報管理LOGの@yoshinonです。
今やSpotifyやYouTube Music、Netflixなど、定額制サービス(サブスクリプション)が花盛りです。
利用されている方も多いのではないでしょうか?私も音楽定額制をはじめとして、いくつか使用していました。しかし、現在では、ほぼサブスクリプション系のサービスを一時的にやめています。
それは、使っているうちにジワジワと感じた違和感と、自分のニーズがマッチしなかったからです。今回は、サブスクリプションとその問題点について書いていきます。



  
【 サブスクリプションとその外側で 】  

 1.サブスクリプション使っていますか?

 2.サブスクリプションは、最初のうちは楽園そのもの

 3.優しい地獄

 4.所有感の希薄化








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今やサブスクリプション全盛期というぐらいに盛り上がっていますが、皆さんは使っていますか?

サブスクリプションって何?

という人もいるかもしれませんので、一応説明。

サブスクリプション方式はビジネスモデルの1つ。利用者はモノを買い取るのではなく、モノの利用権を借りて利用した期間に応じて料金を支払う方式。

サブスクリプション方式 - Wikipedia


例えば、音楽であったら、

Apple Music
Spotify
AWA
Google Play Music
Amazon Prime Music

とかですね。
動画だったら、それほど山のようにあります。

Netflix
YouTube Premium
Amazon Prime ビデオ
Hulu
dTV

とかとか、まあ色々あるわけです。
それ以外に、本の読み放題サービスであるKindle unlimitedとか、百科狂乱かよという状態です。私もGoogle Play MusicやKindle unlimitedなどを使っていました。

後述しますが、今は辞めてしまいましたが。




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さて、サブスクリプションを使った方は、わかると思うのですが、使うとめちゃくちゃ快適なんですよね。月額料金を払うと、あとは何も考えずに、音楽だったらどんどん聴けるし、本だったらどんどん読めます。それこそ、一生かかっても聴き切れないぐらいの量があるし、読み切れないぐらいの本があります。
映像だってそうでしょう。

私も御多分に洩れず、普段聴いている音楽からレコメンドされる音楽をどんどん聴きまくりました。
たぶん、普通に生活しているだけでは出会いなかったアーティストとの出会いもありました。本だって、雑誌や漫画、本などとりあえず手当たり次第に読みたかったものを漁りました。

もうね、めちゃくちゃ楽しいのですよ。
だって、今までそれなりに金額がかかるコンテンツを好き放題、聴きまくれるし、読みまくれるのですから。
皆さんもきっと、これを体験するとたまらないものがあるはずです。

しかし、
私は辞めてしまいました。




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なぜ、辞めてしまったのか?

理由としては、サブスクリプションの限界を感じたからです。

のめり込んで、色々聴いていくと、はたと

「アレ?このアルバムないんだ」
「この音源は、収録されてないのか」
「このアーティストの曲は、1曲もないのか…」


ということにすぐにぶち当たります。

Kindle unlimitedは、読みたいのを漁りまくっていて、ふと気付いたら

「読書の範囲が狭くなっている」

と気付いたのです。

そう、まるで生け簀の魚や牧場の家畜のように、柵の内側は快適そのものなのですが、その肝心の柵の外側の世界がどんどん失われてくる感覚に襲われたのです。快適なので、ついつい長居をしたくなるのですが、気づくと柵に囲われた生活に満足しきってしまう自分に気づいてしまったのです。
ぬくぬくと優しい温もりに包まれたまま窒息させられるような感覚。

ついつい、Kindle unlimitedの範囲の中から本や漫画を選んで読んでしまう。
ついつい、Google Play Musicで提供される音楽を選んでしまう。


あまりにも膨大で柵の存在になかなか気づけない(いや、アンリミは気づくか)のですが、そこには提供されない不在の音楽や本や漫画や映像があるのです。

今日は、20年前のあの曲が聴きたい気分なんだ…。
私が読みたいのは、ここでお勧めされているものではないんだ…。
あのアルバムに収録されていた特別音源が聴きたいんだよ…。

という心の声が、あっという間に

あのアーティストが好きな人は、これも好きですよね?
この漫画の新しいの読みませんか?


という洪水に押し流されそうになるのです。




もう一つ、私がサブスクリプションを辞めるきっかけになったのは、所有感の希薄化を感じたというのも大きいです。

iTunesにしても、CDショップでも、何か曲を買うときは、ちょっとした心の後押しがあって手に取り、そして「お金を払う」というアクションを通して、手に入れます。
そこには 自分で購入したという確かな感触が残ります。
そして、同時に

自分のコレクションであり所有している

という感覚が得られます(iTunes StoreもKindleも実は、厳密には所有ではないのだけど)。
しかし、サブスクリプションで聴く音楽や本や漫画は、所有感は一切ありません

所有感ってそんなに重要??

と思われるかもしれませんが、少なくとも私の中では重要な要素だったことが分かったのです。
サブスクリプションで音楽を聴いていたとき、その1曲1曲は単なる消費物になっていました。そう、一番近い感覚は、ラジオで聴いているのと大差ない感じ。右から左に流れていく1曲1曲は、単なる消費されるだけの音楽で、価値観はただ下がりでした。

なので、自分が本当に聴きたい曲や本は、自分で自分の手で買おうと心に決めました。
これが、古い脳の考え方なのか?単に慣れていないだけで脳が、アップデートされていないだけなのか?分かりませんが、消費物として流すのは、なんとなく嫌だなと思ったのでした。





eyeglass2.png 情報管理LOGの眼
 頭が固いだけなのかもしれない

一番最後にも書きましたが、私は単にアップデートされていないだけなのかもしれません。もしかしたら、今まで発表された音源やこれから発表される音楽全てが、サブスクリプションに移行したら、そう思わなくなるのかもしれません。生まれた時から、サブスクリプションが当たり前で、それ以外がない状態だったらそんなことすら思わないのかもしれません。たぶん、私はそういう過渡期の人間だからそう感じているだけなのかも?と思っています。
しかし、読みたい本や漫画は、1冊ずつ選んで、それごとに対価を払うし、聴きたい曲は、選んで自分の意思でその曲に対する対価をその都度支払いたいと思っています。少なくとも今は。




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