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中国に返還される前の香港に行った時の話をしてみる

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情報管理LOGの@yoshinonです。
この数日、香港の法改正に反対する市民のデモのニュースが、大々的に流れていますよね。若い人の中には、なぜ香港だけが、あのように雰囲気の違う感じがするのか知らない人も増えてきているのではないでしょうか?
今回は、いつもの情報管理LOGと趣を変えて、私が若かりし頃に中国に返還される前の香港に行った思い出を書いていきたいと思います。これが、少しでも現在、困難に直面している香港の皆さんの一助になれればという思いを込めて。
※と、書いている最中に、「法改正延期」のニュースが流れてきました。とはいえ、「延期」にしか過ぎません。世界が注目するということが、一番の援護になると思いますので、このまま載せます。



  
【 中国に返還される前の香港に行った時の話をしてみる 】  

 1.香港がイギリス領だったこと知っていますか?

 2.1988年の香港に行ってきた話をする

 3.香港のその後







checkmark.png 1.香港がイギリス領だったこと知っていますか?

上でも書きましたが、若い方は香港が、昔イギリス領だったことを知らない人もいるのではないでしょうか?昔といっても、ものすごい大昔ではなく、1997年に返還されたので、およそ22年前ということになります。

そのあたりの経緯を辿ると、世界史の世界に突入するのですが、アヘン戦争で当時の清朝が、香港島をイギリスに割譲したのが、1842年のことでした。およそ180年ぐらい前の出来事です。さらに、第二次アヘン戦争 によって、1860年に北京条約によって、九龍半島もイギリスに割譲されました。そして、1898年に99年間の租借が決定したのです。

まあ、このあたりは、ウィキペディアとかにも細かく書かれていますので、読んでいただくと良いかも。

香港返還 - Wikipedia

一時期、第二次世界大戦の時に日本軍が占拠したことがありましたが、それ以外の期間は、ずっとイギリス領(領ではないな、あくまで租借地)としてイギリスの監督下に置かれ特別自治区として存在していました。

第二次世界大戦後には、香港は、アジアにおけるハブ空港や経済の中心地としての地位を徐々に固めていきました。香港ドルという通過が、未だに流通しているのも、特別自治区だからこそなんですよね。

ジャッキー・チェンみたいな、英語名+中国語名というのは、ミドルネームとして、英語名を名乗ることが許されていたからなのです。

そして、諸々の協議の後、1997年にとうとう香港が中国に返還されることになったのです。その時にイギリス側と中国との間で「返還後50年間は、高い自治生を維持する」という約束が交わされました。これが、現在の香港が、中国本土と如実に違う様子を見せている理由です。しかし、その「高い自治性」50年という約束を待たずに、徐々に脅かされつつあるというのが、現在の香港の状況なのです。



checkmark.png 2.1988年の香港に行ってきた話をする

とまあ、長々と歴史の話をしていると(必要なことなのだけど)飽きてしまうので、そろそろ私が、返還前の香港にいた話でもしていきます。

私が、香港に行ったのは、1988年の高校生の時でした。
まさにバブル期の始まりの時期でした。経済が上向きで、これからもっと良くなるぞー!という感じにあふれていた時期でもありました。

自分が、所属していた 部活の関係で、ひょんなことから香港に行けることになったのです。留学と言えるほど長くはなかったのですが、それでもその当時の香港の空気を感じるには、十分な時間滞在することができました。

その当時の香港空港は、世界でも屈指の離着陸の難しい空港と言われていました。高層ビル群の割とギリギリを攻める形で、着陸したのですが、なかなかそうそうお目にかかれませんよ。どうやら、1998年に閉港して、現在の空港になったみたいですが。

これが、ネタ画像じゃないというところがなんとも。


出典 saiquet.sakura.ne.jp


出典 dnaimg.com

香港の街並みギリギリを通過して着陸する前に、ものすごいエアスポットにはまって、こりゃ落ちるかも?と思ったのも良い思い出です。


1.街の様子
さて、香港の街に出て最初の印象は、

めっちゃ現代的!

でした。
ピカピカの高層ビル群が、建ち並び、人々が颯爽と歩く姿も含めて、これは日本以上に経済発展してるのでは?と、高校生ながらにも思ったものです。

それと対比するように、露天商や屋台が並び、朝ご飯とかみんな忙しそうに食べている姿が、いかにもアジア的に感じました。

また、服装は、小綺麗な人が多い印象でした。ただし、原色を着ている人が多く、「服装だけで、分かるな」と思いました。
これは、今でもなんとなく、そうですよね。

あと、個人的に衝撃的だったのは、高層ビルの建築現場の足場に竹が使われていたことです。

た、竹ーー!!

というカルチャーショックが、ハンパなかったですね。だって、高層ビルの建築に竹ですよ?

サポートスタッフの方が、「こっちでは、普通の光景なんですけどね」と、あっさりしていたのも文化の違いとは、こういうことを言うのかと感じました。

看板などは、もちろん中国語がメインですが、そこかしこに英語表記もあり、案外何とかなりました。中国語も簡易体という省略した漢字なのですが、そこは何となく理解できました。



2.文化
私たちが、行ったときは、ちょうど「イースター(復活祭)」の時で、自分たちの泊まったホテルには、大きなイースターエッグが、飾られていたのが印象的でした。街中でも、時々イースターエッグを見かけたので、「さすが、イギリス領!」と感慨深く見ていました(本当は、イギリス領ではなかったけど)。

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とはいえ基本的には、アジア的な街並みで、そんなにイギリスを感じるものは、見かけませんでした(観測範囲が、狭かったので一概には言えないですが)。

現地のサポートスタッフと話していて印象的だったことを挙げていきます。

・ミドルネームとして、英語名を持つ人は、けっこういる
 →そして、英語名で呼び合うことも多い
・香港の人達は、自分達は「香港人である」という意識が、強い。
 →これは、中国本国の人たちは「中国人」だけど、私たちは違うという意識の表れだと言ってた。
 →「香港人は、自由と経済があるから、中国と統合したいという人は、とても少ない」
とも言ってました。
 →だから、中国と統合されるかもしれないことに不安を覚えている人は多いし、このままイギリス領で良いと思ってるとも言ってました。

サポートスタッフの人に「本屋さんある?」と聞いたら、あまりないと言われたので、ちょっと驚きました。「香港は、文化的には、浅いよ」と、ちょっと自嘲気味に言っていたのが、印象的でした。本当に本屋が、少なかったは、確認できませんでした。

でも、街中には、小さな商店の軒先で日本の漫画が売られていました。中国語に無理やり翻訳したものです。切り貼りした跡が分かるぐらいの、適当な感じでした。様々なところで見かけたので、割とたくさん作られていたのではないかと思いました。「北斗の拳」のパチモン版を、友達のお土産に買って帰りました。著作権の意識は、かなり低いなと感じました。


出典:おススメ漫画:北斗之拳(香港中文版) : もっと!チャイ語~中国語試験対策~
※こんなキレイな感じじゃなく、もっとやっつけ感が高かったです。

パチモンと言えば、グッチやロレックスなども、バンバン売ってましたね。高校生の私たちにすら、「ホンモノよ。本当よ!」みたいに売りつけようとする商魂のたくましさを感じましたね。



3.経済
その当時の物価は、日本の二分の一と説明されました。確かに全体的に物価が、安かったという印象です。
とはいえ、高いものは高かったです。

人民元は、流通しているようには見えませんでした。少なくとも滞在中は、全て香港ドルで支払いをしていました。

サポートスタッフの人は、「香港は、金融と貿易の街」で経済が成り立っていると言ってました。旧来の工芸などもあるけど、それほど経済的には、大きくないとも言ってました。

経済的な面で一番印象に残っているのは、貧富の格差です。

その最大の象徴が、九龍城と言われていた一大スラム街です。巨大なスラム街を形成するビル群?があったのですが、「あそこだけは、絶対に近づくのもダメ!」と強く言われました。確かに遠目に見ても、そこだけ異様に薄暗く、密集した感じで近寄りがたかったです。
嘘か本当か分かりませんが、パン一つのために、腕を切り落とすなんてザラとか言われたら、さすがにビビりますよね。

九龍城で調べたら、まだ画像出ますね。


出典:今はなき香港のスラム街九龍城砦に魅入られた写真家が切り取った世界 | BUSINESS INSIDER JAPAN


出典:九龍城 - アニヲタWiki(仮) - アットウィキ


九龍城は、実は私たちが日本に帰って来たあとに取り壊しが始まり最終的には、その数年後に消滅してしまいました。なので、非常に貴重な様子を見ることができたと思っています。

あと、貧富の格差という面では、さらに印象的な出来事がありました。
それは、タイガーバームという万能薬があるのですが、その塗り薬によって、巨額の富を得た方の御殿を見に行ったときです。まさに荘厳というか、どんだけ儲けているんだという装飾と巨大さに圧倒されたのですが、そこから見える景色の中に、ポツリとポツリと黒っぽいバラックが見えるのです。
「あれは、何ですか?」と尋ねると、市街地に家を持てない貧しい人たちの家だと言うのです。その圧倒的なまでの貧富の差というのを日本では見たことがなかったので、かなりショックを受けたのを覚えてます。

九龍城もそうですが、日本よりも貧富の差がハッキリし過ぎている世界に、その当時は割とショックを受けた記憶があります。



4.食について
コレに関しては、良い思い出しかないです。
朝は、ホテルの英国式のブレックファースト。そして、昼も夜も美味しい中華料理三昧という一介の高校生が、普通に食べられないようなものを食べさせてもらいました。

フカヒレの姿煮やら、北京ダックやら、飲茶楼やら、かなり豪勢でしたね。

個人的には、屋台とかでも食べたかったのですが、それはかないませんでした。サポートスタッフの人は、屋台も美味しいよ!と言っていたのですがね。そこは、心残りでした。

中華料理の美味しさに目覚めたのは、この香港滞在があったからだと思っているぐらいです。焼き餃子や麻婆豆腐、ラーメンぐらいしか知らなかったしね。




checkmark.png 3.香港のその後

帰国してから、数年後に香港の中国への正式な返還が決定され、それに合わせるように九龍城が強制的に撤去され、一気に小綺麗な香港へとさらなる変貌を遂げていきました。

自分の中では、都市の中に浮かぶ黒い恐ろしげな箱船みたいな九龍城が、一気になくなっていく様を見るダイナミズムに、「まさに歴史が動いている」と感じたことを、今でも生々しく思い出します。

香港と言えば、アジアのハリウッドと呼ばれるぐらいに、映画産業が盛んでした。カンフー映画やら、キョンシーなどあの時期の面白い映画は、大抵香港で撮影されていました。しかし、それも徐々に下火になっていきます。今では、香港が、アジアのハリウッドだったと言ってもピンと来ない人が増えているのではないでしょうか?

私が、香港を訪れてからおよそ10年後の1997年に正式に中国に返還されました。
私は、その当時のニュースを今でも覚えています。もちろん、歓迎式典で沸き立つ市民の様子も映されていました。「やっと、一つの中国になる」と歓声を上げている人もいました。しかし、それと同じく「自由な雰囲気がなくなるのが、不安だ」「経済が停滞するのではないか?」「イギリス領のままの方が良かった」という声も流されていました。

その後も香港は、シンガポールと並ぶアジアの金融の中心であり続けていましたが、徐々に中国からの締め付けが厳しくなってきているというニュースが時々流れてくる度、あの雰囲気が失われるのを悲しく思いました。

そして、2014年に起こった「雨傘運動」で、また再び香港の民主化運動が注目されました。

2014年香港反政府デモ - Wikipedia

香港における普通選挙を求めるデモ運動でした。
詳しくは、上のウィキペディアを参照してもらいたいのですが、「高度な自治」が約束されていたにもかかわらず、実質的に普通選挙は行われていませんでした。そこで、起こったのが、この「雨傘運動」でした。

なぜ、香港では「デモ」という手段に出ているのかというと、この普通選挙がなく、デモでしか自分たちの意見の表明ができないという切実な問題があります。したがって、今回の香港のデモで、香港市民のおよそ1/7が参加したというのは、非常に大きな意味があったのです。



eyeglass2.png 情報管理LOGの眼
 汝人ごとと思うなかれ

今回の香港の件も遠い世界の出来事のように感じる人も多いかもしれません。日々の自分のことで精一杯で人の国のことなんて、どうでもいいと思う人もいるかもしれません。しかし、それが回り巡ってきて、自分の身に降りかかるとき、他の国の人達も同じ態度だったらどうでしょう?最大の敵は、「無関心」なんですよね。
そういうわけで、最後にこの詩を貼っておきます。情報管理LOGでは、何度かご紹介していたと思います。

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は共産主義者ではなかったから 社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった 私は社会民主主義ではなかったから 彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は労働組合員ではなかったから そして、彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった

彼らが最初共産主義者を攻撃したとき - Wikipedia



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